» 2010 » 1月
あまりにも机の上が汚く書類のジャングルになっていたので
ちょっと片付けることにしました。
片付を終えてスッキリしたデスクで仕事をしました。
この状態がいつまで続くことやら????
綺麗な状態のデスクは気持ちがいいものです。
さて、今日の各班の動きは2班が姫路でそれぞれ作業
していました。2班とも無事作業終了でしした。
少しまえお客様から遺品整理の見積り依頼がありました。
現場を見せて頂いてから正確な金額を見積り
したかったのですが、現場は見せられないから金額だけを
教えて欲しいとのことで困ってしまいました。2LDKで荷物は
少ないほうだと思いますよとお客様、なんか矢継ぎ早に
まくし立てられて、金額も適当に伝えてしまったのです。
夜20.00位だっので資料もなく金額、金額ただそれだけ
だったので焦ってしまい何とかなるであろう金額を
伝えました。後日便利屋さんに現場を見てもらうから
もうお宅は結構ですと言われました。
便利屋さんが遺品整理を行うとの事でした。残念でした。
遺品整理を看板に掲げている私にも現地見積りさせて
頂きかったです。
便利屋は本当にいろんな意味で便利なんでしょうね????
すごく安い金額を教えてもらいマニフェストは発行できないなと
思い、後味が悪い思いをしました。
とにかく、そのお客様とは縁が無かったんだなと思いました。
今日の作業も無事終了の連絡あり、みんなご苦労様でした。
一昨日、一番若手の岡田君が22日の一人作業の現場で
仕事がしたいと、志願してきました。
神戸の兵庫と長田の境ぐらいにある現場です。
ほとんどの仕事で先輩にフォローしてもらっているので
自分自身の力量を試してみたかっからです。
真面目で将来が楽しみな奴です。
見た目はヤンキーですが私の子供みたいにかわいい奴です。
クレンリィの従業員は皆、個性豊かな人ばかりですが
頼りになる、人たちばかりです。
こんな人達と一緒に仕事が出来る石田は幸せ者です。
私が遺品整理と特殊清掃にこだわる理由は叔父が実家で孤独死した事がきっかけです。
死因は餓死、電話も繋がる状態での餓死です。
助けを私や私の母親に求めればなんとか生きながらえたのかも知れません。
けれど、叔父は死後一週間で兄と母に発見されました。
私の父は、私達家族を捨て家を出て25年たっていました。
名古屋で一人、暮らしていました。
父が病気で倒れ入院しましたが、入院費を払って貰おうと病院が懸命に
私達の居所を探したみたいです。
父とはいろいろありました、憎しみに似た感情、母にしてきた事への怒り
名古屋で一人死ねばいいとさえ思いました。
けれど、叔父の孤独死を経験した私は兄弟に相談もせず父を私の近くに連れて
帰ることを決心しました。兄はまだ父のことを許してはいません。けれど私は父を
私の近くで死なせてやりたいと思い今の住所、加古川に連れて帰りました。
話しはまだ続きますが、長くなるので今回はここまでにしておきます。
孤独死を体験した私が父を孤独死させたくなかったのです。
おいおい私の気持の変化も書き綴ってゆきたいとおもいます。
今日の現場で少し納得が行かないことがありました。
内容はさておき
憂き事の
尚その上に
積もれかし
限りある身
の力試さん
我慢です。試練です。乗り越えてやります。
姫路の班無事作業完了
神戸の班も本日作業完了。
全社員、怪我も無く無事作業完了したことに感謝です。
大切なのは感謝する心だと思います。
今日の作業は、平山班が神戸で作業しています。
あと、森澤班が姫路の市営住宅の清掃を行っています。
私は加西の管理物件の担当と打ち合わせでした。
作業の方はうまく進行しているようなので
最後まで事故の無いよう気を引き締めていてもらいたいと
願うばかりです。



